財務分析の手法③~その他の分析手法~

前回に引き続き、今回も私が行っている財務分析手法を説明していきたいと思います。今回は複数の事業を行っている会社を分析する際に必要な、事業別(部門別)採算の分析方法や、損益シミュレーションの方法について解説します。

 

事業(部門)別採算のポイント

 複数の事業を行っている会社を診断する場合、全体だけを見ていても具体的な診断をすることはできません。事業部ごとに分析を行い、どこが黒字でどこが赤字なのか、どこの事業部に問題点があるのか、それらを明確にしないと適切な原因分析を行うことは難しいでしょう。このような会社の場合、事業部ごとの損益計算書に分解して、それぞれを分析することが必要です。

 ただ、経営診断の目的は、どこに問題があるのかを把握することです。すべての事業部について正確な分析を行うのは大変なので、その事業部が大赤字なのか、収支トントンなのか、黒字なのか、そのレベルで把握できればOKです。

 もちろん正確性は多少犠牲にするにしても、顧客に数字を出す以上、算出条件は明確にした上で、「正確性に欠ける」旨はきちんと伝えるべきでしょう。

 

事業別分析の手順

 事業別分析の手順は以下の通りです(事業別のデータがある場合)。

1.配賦基準の確認

一般管理費、営業外収支などの共通費の配賦基準を確認します。

2.内部仕切りの確認

事業部間の取引がある場合は、内部仕切り値が適正か確認します。

(製造部から営業部への内部販売価格など)

 

会社に事業部別のデータがない場合は、以下の手順で行います。

1.算出範囲の決定

どこまでの利益を算出するか範囲を決めます。通常は営業利益まで算出します。

2.データの収集

・基本は科目ごとに事業部別に分けていきます。

・フォーマットを顧客に渡して入力してもらうのがよいです。按分などを行った場合は、その基準も明記してもらいましょう。

・売上高は顧客別売上高のデータを活用することが多いです。

・変動費、固定費は事業に紐づけられるものは紐づけを行い、それ以外は基準を明確にした上で按分していきます。

 

3.全社P/Lとの整合性の確認

ここまでできたら、最後に統合して全社のP/Lとの整合性を確認します。

 

事業部別採算制度のメリット・デメリット

 事業別採算制度にはメリットだけでなくデメリットもあります。それも踏まえた上で提案することが必要です。

 主なメリット・デメリットは以下の通りです。

 

<メリット>

・部門の採算が見えることで、改善を考えるきっかけになる

・事業部が互いに利益を競い、競争意識が芽生え、会社全体の利益意識が高まる

・事業部別の利益と業績責任を一致させることで、利益に対して責任感が高まる

 

<デメリット>

・事業部間の競争が対立を生み、セクショナリズムをもたらす

・全社的、長期的視点がおろそかになり、短期的で部分最適な活動になる

・内部仕切り価格など、細かいルールにとらわれ、管理が複雑になる

 

 私は事業部別採算の導入を提案するときは、部門間の対立や管理の複雑化などデメリットも発生することを、まず顧客に説明してから導入するようにしています。

 

企業にとっても取り組むメリットが大きい

複数の事業を行っていても、事業別採算管理ができない中小企業が多いのが実情です。

そのような会社に経営診断の過程で事業部別採算の考え方を教えること自体が、中小企業にとって大きな価値を提供することになります。ある意味、これ自体が1つの支援とも言えます。こちらがすべてやってあげるのではなく、事業者の方にも手を動かしてもらい、自分たちで管理ができるようになってもらうことも必要です。

 

製品の採算性

製品ごとの採算性を確認できるのは原価計算です。しかし、頭では理解していても実際に行うのが難しいのが原価計算です。現実的に経営診断の中で個別製品の原価計算まで行うことは難しいです。特に固定費の配賦については、ルールを設定する必要があり、時間がかかります。

しかし、事業再生などの経営診断においては、不採算の取引先を考えるにあたり、避けては通れない場合もあります。その顧客が儲かっているのか、いないのか、判断しないとメスを入れられないからです。その場合は、製品ごとの限界利益率を計算するようにしています。ここまでなら、何とか計算することができるケースが多いです。

 

◎ 製品の採算性の把握の仕方

製品の採算性を把握する方法としては、見積をベースにして計算する方法と実績値に基づいて計算する方法がありますが、基本的には見積ベースで行います(実績値ベースは難しい)。

計算式としては見積り売価から見積った変動費を引いて限界利益を算出します。ドーナツの製造販売企業で例えると、小麦粉や砂糖などの原材料の使用量(製品1個当たり)にそれぞれの単価をかけたものの合計が見積変動費です(外注費などがある場合はそれも足し合わせる)。それをドーナツの販売単価から引いたものがドーナツ1個あたりの限界利益(採算性)となります。

次にその方法で製品別、取引先別に収益性(限界利益額)を計算し下記のようなマトリックス図にしてまとめます。

 

【図表 取引先別・製品別収益性】

 

この図の一番右下のマスが限界利益額の合計となります。

 

 

損益シミュレーション

改善の効果は、最終的に数字に落として損益をシミュレーションすることが必要です。売上高や固定費などの数字を変動させながら、損益の変動額をシミュレーションしていきます。

目的は、目標の利益を実現するためには、どれくらいの売上アップもしくはコスト削減が必要か、その規模感を知るために行います。

 

 

シミュレーションの行い方ですが、計画は最後の数字から作っていきます。すなわち目標とする利益額の設定です。まずはここから行います。これは経営目標の数値や借入金の返済に必要な額などを基準に決定します。

次にパラメーターを決めます。まずは売上だけ増やしたらどうなるか、限界利益率だけを上げたらどうなるか、固定費を削減したらどうなるか、それぞれを単独で目標利益となるように組み立てていきます。

そしてその後で、現実的な計画となるよう売上、限界利益率、固定費のミックス案を1~2案作成します。

 

経営計画の策定

 経営計画を策定する際も同じような流れで作成します。まずは損益シミュレーションと同じく目標利益額を設定します。それから各部門や製品の積み上げで売上高を算出します。その後、具体的な対策を検討し、限界利益率の改善率、固定費の改善額を検討します。

 そこまで行っても目標利益が出ない時は限界利益率および固定費の再検討を行います。そして、それでも目標に達成しない場合は、売上の増加を検討します。

 このように経営計画も損益シミュレーションと同様な形で作ることができます。

 

なぜ、財務分析が重要か

 3回に渡って、私が行っている財務分析の手法やポイントについてお話をしてきました。財務分析は経営診断のスタートとなる部分です。最初に書きましたが、決算書の数字を事業と紐づけて考えることが大切です。まずはその企業の財務の数値と事業を繋げて考えて、どこの部分に問題があるのか、インパクトの大きいところはどこなのかを捉える必要があります。

 そうするとヒアリングの優先順位も付けることができ、スタートのところで方向性を定めることができるようになります。

 また、財務分析をきっちりと行うことで、外部環境分析の確度も向上させることができます。最初に財務分析を行い、その会社のP/Lが外部環境の変化によって、どのような影響を受けるのかを理解しておくことで、行うべき外部環境分析の当たりをつけることができます。

 このように、財務分析は経営診断の基礎となるものです。苦手な診断士も多いですが、診断や施策提案の精度を高めるためには必須のポイントなので、しっかり訓練をして慣れるようにしましょう。

 

 

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